『わたしを離さないで』の描写のスタンス

カズオ・イシグロ氏のインタビューより。

『わたしを離さないで』で描かれている登場人物は、運命に対してあまりに受動的であるという指摘に対して、隷属と反逆の物語ではなく、人間は与えられた境遇をどこまで受け入れられるかということが魅力的だったといい、たしかにそういう描き方だったなと思った。

(...)私にとって常に魅力的だったのは、人間は自分に与えられた境遇をどこまで受け入れられるか、ということでした。人は、仕事を受け入れ、立場を受け入れます。そこから脱出しようとはしません。それどころか逆にー人は、自分たちのささやかな仕事をきちんとやり遂げたり、自分たちのささやかな役割をしっかりと果たしたりすることによって、ある種の尊厳を得ようとします。時には、それは非常に悲しく痛ましいことになりますし、時には勇敢さや勇気の源にもなります。でも、私にとっては、そうした世界観のほうがずっと興味深いのです。
私は、こんな形で世界をゆがめて描いているのだとしても、今のまま、常にその方向に進むことを選びます。『日の名残り』の物語でもそうでしたーー(『日の名残り』に登場する)執事は、執事であるという立場を超えた視点を持ち合わせていません。われわれは広い視野を備えた状態で人生を送ってはいませんし、反乱を起こして自分の立場から抜け出すほどの勇気を常に持ち合わせているわけでもありません。人はそんな状況と苦闘し、その非常に限られた狭い範囲に自分の夢や希望を無理に押し込めようとします。それで、そういうものに、私は常々強く惹かれるのです、体制を打ち破り反逆するような人々よりも。
(『English Jounal』より)